MUSICIAN LIST

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渋さ知らズ/渋さ知らズオーケストラ

写真渋さ知らズ(しぶさしらず/渋さ知らズオーケストラ、通称”渋さ”)は、不破大輔を中心とする日本の超巨大バンドである。劇団「発見の会」の音楽を担当し劇伴を努めたことをきっかけに、1989年に結成される。大勢で一斉にユニゾンで演奏することに快感を憶えたことから、やみくもに大型バンドを指向することに、同年にはダンサーチームも表れ、多様な表現を確立してゆく。代々木にあったライブハウス「チョコレートシティ」を中心にライブ活動に明け暮れ、多くのジャズミュージシャンや舞踏家、役者等がわけが分からないほど出入りする。1993年に初音源を『ナツメグレーベル』から発表、同年には公演の場を西日本まで拡大するもツアーを終え帰って来たらレコード会社が倒産。地底レコード設立に動く。数多くのお芝居の音楽を手掛けることで、その中から生まれた名曲の数々は、今も褪せることなく聴くものを興奮の坩堝に巻き込んで行く。じょじょにアンダーグラウンド・シーンで注目を浴び、ヨーロッパを中心とした海外公演を行い、イギリスのグランストンバリーでのメインステージにも登場! 2001年からはフジ・ロック・フェスティバルに4年連続で出演しクロージングアクトを努めるまでに。ライブアルバム「渋旗」の発表で知名度が一気に向上。その後は、北海道のライジングサンフェスにも参加、毎年海外からのオファーもあり数ヶ月のヨーロッパツアーも合わせてこなすなど、ここ数年の活動は誰もが目を見張るものがある。サンラーアーケストラのメンバーとの共演作「渋星」をリリースした後、エイベックスよりベスト盤を含めた2作のアルバムを発表している。
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SOH BAND

写真

SOH BANDは、1980年代後半、宗修司(そう しゅうじ)鬼怒無月(g)チェルノブイリ渡部<渡部チェル>(key)が中心になりスタートした。1990年代には鬼怒が抜け増田隆一(g)が加わり、竹内直(sax, fl,b-cl)清水正樹<清水玲>(b) の5人編成となる。アシッドジャズならぬ「アルカリジャズ」を標榜し、宗修司が書く複雑かつPOPな作曲センスとひねくれたアレンジが光る鉄壁のテクニカルジャズロックを演奏していた。上記のメンバーでは2枚のアルバムを残した。
天才ドラマー兼コンポーザーでもある宗は学業においても天才であった。本業である精神科医の仕事が忙しい時期もありバンド活動も制限されたが、年に数回はコンスタントにライブをこなしていた。
Saxが竹内直から田中邦和に交代し活動を続ける中、2001年9月1日にリーダーの宗が逝去するという悲劇が訪れる。メンバーの固い意志と年に数回はメンバー同士が集まりたいと言う欲求か、後任にガルネリウスの佐藤潤一というヘヴィーメタル畑のドラマーを迎え、3枚目のアルバムを発表した。現在も不定期ではあるが東京でライブ活動を行っている。
田中邦和(sax) 増田隆一(g) 渡部チェル(key) 清水玲(b) 佐藤潤一(ds)

1st.アルバム『NO PROBLEM AT ALL』B6F
2nd.アルバム『死ネバ馬鹿モ治ル』B12F
3rd.アルバム『A Whole Lotta Crybabes』B24F

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片山広明

写真沖至のグループを経て、藤川義明(as)、翠川敬基(cello)のナウ・ミュージック・アンサンブルに加入し、フリー・ジャズ道を驀進。一方で、当時はやっていたディスコやキャバレーでソウル・グループ活動を行なう。 キャバレーの演奏で林栄一ら、後の同志と出会う。 70年代後半、生活向上委員会大管弦楽団を結成。梅津和時(as)、原田依幸(p)、早川岳晴(b)、夭逝した板谷博(tb)、篠田昌己(as)など、自由な発想の個性派が集まるビッグ・バンドである。全方位的な音楽への関心を反映したうえに、演劇的要素を取り込み、コスチュームはアース・ウィンド&ファイアでキメた。生活向上委員会の解散後、同僚だった梅津和時、早川岳晴、菊池隆(ds)とどくとる梅津バンド(後にDUBと改名)を結成。DUBの発展的解散を経て、片山はソロ・アーティストとして、ジャズ、ロック、ブルースなどジャンルを超越した活動に入る。RCサクセションを中心とするロック・フィールドでの活動のかたわら、幾多のジャズ・セッションでそのストロング・テナーの存在を知らしめる。スタジオウィーから多数のアルバムをリリース。
片山広明『Dust Off』B40F

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FEDAYIEN

写真 川下直広 soprano・tenor sax、笛、violin 不破大輔 bass、大沼志朗 drumsの3人は1986年にトリオを結成し、'87年にタルホファームよりLP「Mile and Half」をリリースする。その後'88年からフェダインと名乗る。'90年代には年間90カ所ものライヴを重ね、ナツメグから3作のCDをリリースした。特にファーストアルバムである「ファースト」は、ミュージックマガジン誌が選ぶ'91年にジャズ部門年間ベスト5の1位に選出され、日本ジャズ隆盛の先鞭を切った形で'90年代を常にリードしてきた。2000年末に解散するまでに、地底レコードの作品を含めフェダイン名義では6作のアルバムを発表。'98年にロシア・アルハンゲリスクのジャズ祭やドイツ・メールス・ジャズ祭へ出演したことにより、ヨーロッパでも大きな反響を呼んだ。このフェダインでのツアーをきっかけとして「渋さ知らズ」のヨーロッパツアーに繋がって行くことになる。

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川下直広

写真福岡在住の世界的?サックス奏者、川下直広。'90年代低迷する日本のジャズを震撼させたフェダインを率いる。ナツメグレコードから3枚のCDをリリース。地底レコードから2枚のアルバムがある。2000年に惜しまれつつ、フェダイン解散後も精力的なソロ活動を展開する。 三上寛、南正人、渡辺勝に佐々木彩子など唄うたいとの伴奏には定評がある。 最近は「川下直広トリオ」として不破大輔、岡村太とのトリオで活動をスタートさせている。
フェダイン『LIVE』B10F 『!』B18F
RAdIO『ラヂヲ』B28F
川下直広『ONLY YOU』B36F
川下直広トリオ『ナポリタン』B39F

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不破大輔

写真

札幌生まれ。中学から神奈川県に移る。
 '70年後半頃、高校生時代からアングラ系のお芝居とジャズにこだわり音楽活動を始める。高校の同期には米米クラブのメンバーやビジュアル系バンドで活躍したミュージシャンもいる。田口トモロヲの「ばちかぶり」の前身バンド『ガガーリン』にも参加。
 '80年代後半から'90年代にかけては、「のなか悟空&人間国宝」「近藤直司トリオ」「フェダイン」にベーシストとして参加し、レコードを2作、CD 4作のアルバムを残す。いずれも前衛ジャズシーンでは大きな話題を集め好評を得た。

 '89年に劇団「発見の会」公演「リズム」の劇伴を契機に「渋さ知らズ」を結成し、代表作である『渋旗』『渋星』など地底レコードから8枚、エイベックス・イオから『ベスト』と最新作『渋響』の2枚を発表。現在までに計10枚のアルバムを発表している。
 '97年にドイツ「メールスジャズフェス」に出演したことをきっかけとして、ロシアや旧東欧圏を含めたヨーロッパのほぼ全ての国を廻っている。
 '01年イギリス「グラストンべリーフェス」では、日本人アーティストとして初めてピラミッドステージ(メイン・ステージ)に立つなど、ジャズ・ロックを問わず、さまざまなフェスティバルに参加し好評を得て来た。
 国内では、FUJI ROCK FESTIVALに毎年恒例のように出演。2007年も3年ぶりに出演。北海道のRISING SUN ROCK FESTIVALなどにも出演を果たして来た。

 今年の4月からは参天製薬の主力商品である目薬「サンテ40」のコマーシャルに渋さ知らズの楽曲が1年間の契約で取り上げられている。東芝エレベーター宣伝用DVD作品には、ソロアルバム『28』から<ひこーき>が使用された。また現在も「川下直広トリオ」「片山広明カルテット」で、ベーシストとしての演奏活動も並行して続けている。
 不破が書く楽曲は、上記の国内のCMにも使われ、ドイツ映画でも彼の楽曲が使用されている。2007年の夏も約2ヶ月間に渡り渡欧して、パリの日本文化会館公演を含み、数カ国のジャズフェスに参加した。ロシア国立映画アカデミーで制作中の映画の作曲を依頼され、ロシアでのレコーディングも行なってきた。
初のソロアルバムは、2001年発売の「28 TWENTY EIGHT」B20F

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竹内直

写真1978年、1988年と2度にわたって渡米。 ニューヨークでバイヤード・ランカスターas、スティーブ・グロスマンtsに師事。 1991年、ブラジルに渡りリオでルイゾン・マイアbらと共演、親交を深める。 1994年頃よりテナー・サックス(のちにバス・クラリネット、フルート)による無伴奏ソロ演奏をはじめる。 2002年山下洋輔ユニットでヨーロッパ・ツアー。自己のグループとしては元岡一英p、小林陽一b,小泉高之dsのカルテット(1986-88)椎名豊p、荒巻茂生b、原大力dsのカルテット(1994- 2001)ロッド・ウィリアムスp、ジャリブ・シャヒドb、エライ・ファウンテンdsのカルテット(1998)金子雄太org,江藤良人dsとのトリオ(2001-02)清水絵里子p工藤精b江藤良人dsのカルテット(2003〜)などでライブ・ハウス、全国ツアー、FM番組出演、CD録音などの活動をしている。現在は、自己のグループ、ソロのほかSAXOPHOBIA、山下洋輔p、酒井俊vo、荒巻茂生b、KANKAWAorg、Chunks!、海老沢一博ds のグループで活躍中。
地底レコードからは、ソロの魅力を余すことなく伝える
『SOLO』B31F
SOH BAND
『NO PROBLEM AT ALL』B6F
『死ネバ馬鹿モ治ル』B12F にも参加している。

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酒井俊

写真1976年、伝説のJAZZ CLUB「ミスティー」でジャズ・ヴォーカリストとしてデビューし、センセーショーナルな反響を呼ぶ。
翌年レコードデビューするが、3年弱の活動を経て渡米し、歌手活動を休止する。2年間のマンハッタンでの生活の後、帰国して結婚・出産・子育てと、歌いたいという思いとは無縁の充実した時間を過ごす。しかし、子供が小学校に入る頃には再びステージに立つ決意をし、「愛燦燦」「買物ブギ」の2曲の日本語の歌をレパートリーに入れて復帰後の初ライブから歌う。今では日本語の歌をジャズのライブハウスで歌うことは一般化しているが、その当時は想像以上の様々な困難を伴いながら歌い続けていた。それ以降もスタンダードを中心に、ジャンルを問わず自身の思いに忠実に歌いたい歌を歌い続け、阪神大震災の後生まれた「満月の夕」と運命的な出会いを果たす。 2003年「満月の夕」が第45回日本レコード大賞企画賞を受賞する。
『BEYOND TIME』B15F

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NEW渦

写真ギタリスト加藤崇之/91年に「渦」というユニットを始めたが、94年に再スタートしたのが「New 渦」。「NEW渦」は始めはは宅・山崎とのトリオであった。現在の活動では井野信義(B)が参加。
●加藤崇之プロフィール
大学在学中、19才でプロ入り。28才の頃より自己のリーダーとしての活動を開始。米軍キャンプでのディスコバンド・ブラジル人とのサンババンドの経験など幅広い活動。多くのレコーディングに参加し多くのミュージシャンと共演する。次第に、必然的に演奏スタイルがフリーに向かう。 1987年頃にはすでにエフェクターでのフリーな実験的Soloを始めていた。当時、斬新過ぎて時には「霊界的」「変態サウンド」などと言われるが、現在ではそういうサウンドは普通に演奏されている。フリーな演奏への挑戦から音楽の世界を広げていく過程に好きなラベルの「ダフニスとクロエ」からインスパイヤーされフリーユニット「渦」「NEW渦」が生まれる。
NEW 渦『アルケミスト』B16F

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COIL

写真ギター・インスツルメンタルの極を追求する「Coil」。鬼怒無月(G,VO,SYN), 早川岳春(B,VO), 芳垣安洋(D,VO)からなるトリオで2枚のアルバムを残す。3作目のアルバムはドラムが芳垣から田中栄二に変わり活動する。グランド・ファンク・レイルロード、クリーム、ロビン・トロワーを思い起こさせるようなストレートでハードなジャズ・ロックバンドが聞ける。驚くべきテクニックを駆使し聴くものを驚愕させるが惜しくも 2006年3月突然の解散。鬼怒と勝井祐二が主宰するレーベル「まぼろしの世界」から1st.と3rd.をリリース。
2nd.アルバム『BIG GAMES』B19Fを地底レコードからリリースした。

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RAdIO

写真1994年よりスタートし1999年まで約5年間、活動が続いた、実力者4人「川下直広(ts、vln)、不破大輔(b)、芳垣安洋(ds)、渋谷毅(key)」がある時期のみ定期的に充実したセッションを行っていた。勝井祐二(vln)などゲストでの参加者も多い。骨太で硬質な即興演奏が素晴らしい。アルバム『RAdIO』B28Fは、Brigitte Fontaine &Art Ensemble of Chicago "Comme A La Radio(ラジオのように)をフィーチャーしている代表曲「RAdIO」ほか、川下の曲を収録した、もともとカセット作品のCD化アルバムであったが、CDリリースにあたり急遽収録日、収録曲とテイクを全て変更した反則アルバム。
RAdIO『ラヂヲ』B29F

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高木元輝

写真 1939年9月12日生まれ。 60年代、富樫雅彦とのDuo、高柳昌行のグループに参加。 70年代、近藤等則、土取利行等と「EEU」を結成し、阿部薫、デレク・ベイリ−等、多くのミュージシャンと共演を重ねフリージャズ・シーンを疾走した。 地方を転々としたのちに豊橋に移り住み、中央のジャズ界との関係をほぼ絶っていたが、鬼才小山彰太(d)、不破大輔(b)との出会いにより2001年、長き沈黙を破った。 代表作に『ISOLATION』『モスラ・フライト』『パリ日本館コンサート』など。往年の鋭さを取り戻したかに思え、活動を活発に再開しようとした矢先の 2002年12月11日突然の訃報に接する。写真は Sightsong さんのページからお借りしました。
高木元輝『2001.07.06』B22F

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佐々木彩子

写真路上ライブをへて大豆鼓ファーム結成。劇中曲の作曲を担当。渋さ知らズに参加。佐々木彩子の楽曲「股旅」は、渋さ知らズの演奏でも頻繁に聴くことができる。
2001年、「CHAN BAND」でヨーロッパ、ロシアツアー。
現在は、大駱駝艦、イヌイット・イヌークなどの劇団に曲を提供しつつ、自己のライブ活動を積極的に行う。 2007年『第25回トヨタ・ロビーコンサート』に出演。準備を進めるうちに、唄う気持ちや曲作りの源を再発見することになり、ライブ活動および作詞作曲に拍車がかかる。独特で絶妙のアレンジ能力には傑出したものがあり定評があることでもあり、次作はセルフ・プロデュースでのアルバム制作が望まれる。
アルバムは『あおいとこ』B17F、『空』B25Fがある。

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高瀬アキ・井野信義

写真 ヨーロッパを中心にジャズ、即興音楽シーンで国際的に活躍している音楽家。1987年よりベルリン在住。同年音楽監督アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハと共にベルリンコンテンポラリージャズオーケストラを率いて演奏活動を開始。 1997年秋から 2000年冬までベルリンのハンス・アイスラー大学に客員教授として招かれ教鞭をとる。ドイツ批評家レコード賞を5回、ベルリン新聞文化批評家賞(1999年)、SWRラジオ局2002年度最優秀音楽家賞、『プレイズ・ファッツ・ウォーラー』(Enja/Muzak)は2004年度ドイツ批評家賞ジャズ部門年間ベスト・レコード賞を受賞。国際的に高く評価され、世界各地で演奏活動を行っている。最近の主な活動は、“ファッツ・ウォーラー・プロジェクト”、“アキ・アンド・ザ・グッド・ボーイズ”、の他、アレクサンダー・フオン・シュリッペンバッハ、ルディ・マハール、ローレン・ニュートンとのデュオなど。また、ドイツ在住の作家多和田葉子とのデュオ・パフォーマンスでも多くの公演を行っている。
 モビース・地底から日本の伝統美とジャズが結びついた秀逸なアルバム’86年作のレコードをCD化した『天衣無縫』MC-10003をリリース。

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SHOOMY BAND

写真vocal piano keyboard synthesizer
年齢不詳。ジャズメン(P・Vib・Dr・Or・Arr)の父、詩人でもあるジャズピアニストの母・中野美代の間に生まれる。バンドを聞いて育つが本人はヴァイブを弾く父の姿以外何も覚えていない。
共演の加藤崇之のコメント
その声は無限の可能性を感じさせる。ジャズのみならずロック、ファンク、ブラジル音楽、フリー等、どのジャンルにおいても聴くものを圧倒する天性の声と個性を持っている。他の歌手と違い最も演奏者に近い視点で自己表現するタイプで、彼女を初めて聴いたリスナーはよくカルチャーショックを受ける。それは今まで出会ったどの歌手とも違うステージを体験するからであり、一度はまると彼女のとりこになるミュージシャンやリスナーは多い。
 メンバーは加藤崇之 guitar、 是安則克 bass、樋口昌之 drums (ブルースクリエーション)ゲストに松風鉱一 sax fl
SHOOMY BAND 『レクイエム』B37F

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WALTER LANG TRIO・室舘あや

写真ウォルター・ラング (ピアノ)/ニコラス・タイズ (ベース)/リック・ホランダー (ドラム)
ウォルター・ラングプロフィール
ドイツ生まれ。 9歳より正式にピアノを習い出す。 祖父も父親もピアノとアコーディオンを弾いたので、音楽のたえない環境で幼少を過ごす。バークリー音楽学校卒業。 アムステルダム芸術大学卒業。日本からも、日本クラウン社より「チャップリン・オン・ザ・ピアノ」リリース。 他にもビートルズをジャズにアレンジした「Walter Lang Trio plays the Beatles song book」、'06年にはenjaより「ELF」名義のエレクトリックピアノトリオでのアルバムをリリース。ヴォーカルに室舘彩が入った「LOTUS BLOSSOM」B32Fを含め、数多くのアルバムをヨーロッパでもリリースしている。
 室舘あや(Vo)の奇妙な声に魅せられ、惚れ込み、ウォルターが直接彼女に声を掛けてドイツへ連れて行きレコーディングまでしてしまった。

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5000mプール

写真渋さ知らズの岡村太(ds)室舘彩(fl,vib,vo)関根真理(per)小野章(b)阿部真一(g,vo)からなる「水泳系Free Rock Band」5人組! ! 
2001年の夏、「渋さ知らズ」のメンバー4人に、平塚在住のロック一筋のギタリストを交えて結成される。バンド名の由来は、ダイエットを敢行中の岡村が、区民プールで50mプールを往復するある日、何回目かの50mを折り返した際に、5000mくらいありゃ折り返さなくてイイのになと思った、というだけのこと。 ライブステージでは、全員が競泳用ゴーグルを着用?水泳系とは何?「Swimming Pool Q's」「スイマーズ」「水中それは苦しい」と言ったバンドと一緒を意味するのか?アルバム収録の『九九』は全国小学生の授業に取り入れるべき、特許ものの簡単記憶方式曲である!!
5000mプール「Can You Swim?」B35F

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大沼志朗トリオ

写真 ’90年代を疾風怒濤の如く駆け抜けてきた「フェダイン」のドラマーとして活躍した大沼が、グループ解散後の2001年、渡辺てつsax、永塚博之bassと共に「大沼志朗トリオ」を結成。即興演奏の極限を追求するようなトリオによるプレイは、あらゆる雑念を駆逐する勢いとスリリングな展開と凄まじいばかりのスピード感にあふれている。東海大学にある『豆鉄砲』での2ステージライブを完全収録したアルバム『Danny』B23Fと『2ND』B26Fを残す。1作目のタイトル『Danny』とはサンラーアーケストラで活躍した、大沼の盟友であったサックス奏者の故Danny Davis氏に捧げられたアルバムである。

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低音環境

写真低音環境(不破大輔+高岡大祐)。ベーシストであり、渋さ知らズを率いるダンドリスト不破大輔と、 その渋さ知らズのほかに、ブラック・ボトム・ブラス・バンドを始めとしてさまざまなバンドに参加し、全国を駆け巡る日本屈指のチューバ吹き高岡大祐による低音楽器のみのユニットだが、ときには声や肉体をも駆使しながらの演奏は観る者を飽きさすことがない。 低音楽器同士のデュオながらチューバ高岡の豊かな音色と唄心、不破の寄り添うようなベースでとても楽しくて美しい音楽を聴かせてくれている。
低音環境「低音環境」B29F

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北陽一郎

写真 ロックバンドで活動後、1990年よりジャズバンド「渋さ知らズ」に参加。 1996年、トランペットとコンピュータを駆使し、法律と音楽を融合させたCD『ラップ憲法』(早稲田経営出版)を発表。 同年フェダインのドイツツアーに参加。Moers Jazz Festivalなどに出演。 1997年、フェダイン・ロシアン・プロジェクトに参加し、ロシアやリトアニアのJazz Festivalなどに出演。 1999年、オリジナルDJソフト「Ninja Jockey」をプロデュースし、試作バージョンをソロ・光音天・和音オーケストラなどでテストし始める。 2006年、クラフトワーク・ノイで活躍したEBERHARD KRANEMANNとライヴ・セッション・レコーディングをした 「KITA-KRANEMANN ONE WORLD-ONE SOUND」をドイツFMPから発売。現在渋さ知らズなどのバンド活動のほか、 ソロ活動、テレビ出演、CD制作、音楽ソフトの開発などを行っている。

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CARA TOWER

写真Cara Tower(カーラ・タワー)はサンタバーバラ(カリフォルニア)の生まれの シンガーソングライター。ドイツのフライブルグで青春期を過ごす。詩が魅力的で澄んだギターの音色と優しい独特の歌声が聞くものを引きつけます。アルバム 「Living On Bread & Circus」(パンとサーカスの日々)がデビュー作。 このアルバムには、亡くなる直前のトミー・アイアー(マーク=アーモンド、RIFF RAFF、後にGARY MOORE BANDなどで活躍するキーボーディスト)やボブ・ディランとの活動で知られるバイオリンのスカーレット・リベラの演奏もフィーチャーされています。プロデューサーはエドワルド・デル・シグノレが担当。2007年にアメリカでは2作目の作品がリリースされている。
エンブレイスレコード CT 1521「パンとサーカスの日々」

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Cosmopolitan Cowboys

写真ハル宮沢:ヴォーカル&ギター/パパふんじゃら(藤原弘昭):フィドル&バンジョー/ グラシャス坂井:マンドリン(バンドリン)&バリトンギター、他/東野りえ:ドラムス/シェフしーたか(かわさきたかし):ベース
「渋さ知らズ」の名付け親である、ハル宮沢が98年「イアン・デューリー」を観に行ったロンドンでアイリッシュスタウトとアイルランド音楽に感応し「美味いビールといかした音楽があれば人生8割はOK」と思うに至り、バンドの構想を得る。 どうせなら「アイリシュ〜カントリー〜テックスメックス〜ニューオリンズ〜日本」を飲み込んでやろうと 2001年、コスモポリタン・カウボーイズが誕生した。いくとこまでいくいけいけカントリーロックバンドは、このバンド以外には日本にありません。フィドル弾いてるおじさんは、日本中を震撼とさせたハードコアロックバンド「サパートブレーズ」のベーシストである。ドラムのかわいいりえちゃんは本格キューバンラテンジャズバンド「La Giraldilla」を率いて活動している。

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Eduardo Del Signore

写真Eduardo Del Shignore(エドワルド・デル・シグノレ)
現在L.A.で活躍するウルグアイ人ベーシスト。
エドワルドは、イエスのボーカリスト、ジョンアンダーソンのソロアルバム4作品に参加するほか、ブラジルでは過去にミルトン・ナシメント、シモーネ他,数多くのレコーディングに参加しています。「CAPTIVATED/キャプティベイテッド」では、ジョン・アンダーソン、ボブ・ディランとの活動で知られるバイオリニスト、スカーレット・リヴェラ、ジョン・ハッセル、日本人ジャズピアニスト、ケイ赤城をはじめとしてディオンヌワーウィックまでもが参加、他にも豪華ゲスト(元ビージーズのメンバーなど)が多数参加しています。プログレッシブでいて、母国のカンドンベのリズムを基本としたラテン・フレーバー溢れるハートウォームな明るい親しみ易い音楽を聴かせてくれる。
エンブレイスレコード EDS 1521 「キャプティベイテッド」

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I.M.O

写真 泉邦宏(sax,etc.)、おのあき(b)、室舘彩(fl,vibe,etc.)+関根真理(per)によるI.M.O.(イモ)。バンマスの泉はジャンベフラワーズ主催、たまに渋さ知らズ、藤井郷子オーケストラでサックス奏者として活躍。ソロ活動の他にもゲームソフト、MXテレビアニメの音楽制作など活動の幅を広げているらしい。最近は、脱力系ミュージシャンとして、ほんわかお気楽人生路線でどうどうと我が道を行く抜け方がお見事としか言いようがない。なんせサックスを吹かないんだから。すごいね。2007年ミュージックマガジン誌で、松山晋也さんベストアルバムに選ぶんだもん。

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KILLING FLOOR

写真1997〜福島幹夫(As.Ss)/旧橋 壮(Ts.Fl)/関口新一郎(Tp)/西山克幸(Stick)/原島 功[〜99]→中里 敦(Ds)大江真奈[〜99](Ds)
音楽的にはワールドミュージックを取り入れリズム主体。
ゲストにG.Perc.Tb 向かえるコトも多くなり10人編成になる時もあった。
ライブをやる度に良いバンドに成長してきてCD「LIVE BOOTLEG !」発売。
1999年初のアルバム「LIVE BOOTLEG !」を自己のレーベルドリトルディスクからリリース。現在も活動範囲を広げながら勢いを増している。メンバーにはソロとして活動する他、今をときめく『サケロック』や『Your Song is Good』へのアルバムにも参加しているものも。キャプテントリップからの2作目と自身での流通作の3作目がある。

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Park Je-chun

写真Park Je-chun/朴在千(パク・ジェチュン)
パク・ジェチュンは長くカン・テーファンのパートナーを勤めた打楽器奏者。
韓国ソウルの即興演奏家で来日公演も多い。「Mol-e mori II」はパク・ジェチュン(パーカッション、ドラムス)の、1996〜1999年録音のライヴ演奏集。佐藤允彦(ピアノ)とのデュオ、カン・テーファン(アルト・サックス)とのデュオ、Wadada Leo Smith(尺八、トランペット)とのデュオ、カン・テーファン、Gustavo Aguilar(パーカッション)、Richard Maurer(パーカッション)とのカルテット、最後にソロと全5曲を収録。大友良英ら日本人ミュージシャンとの交流を頻繁に数多く行なっている。

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TATOPANI

写真アンディ(サックス、フルート、ディジュリドゥ等の様々な管楽器の他、キーボード、カリンバ、ハーモニック・シンギング(倍音唱法))/ロビー(サックス、タブラ奏者)/クリス(ハンドドラム奏者)
東南アジア、インド、中近東・・・世界中を旅して東京へやってきたタトパニのメンバーたちは、さまざまな民族楽器を演奏します。伝統的な演奏法にこだわらず、いろいろな楽器を自由に組み合わせ、タトパニの音をつくっています。
ジャズをはじめ、インドからアボリジニまで、様々な音要素を融合し作り挙げた彼らの音楽は、正に独創的。

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エスパソ

写真ベースの柳原達夫を実質的リーダーとする実力者揃いのエスパソという四重奏団。エスパソとは、ポルトガル語で空間という意味だそうだが、彼らの音楽を聴けばその理由に頷ける。ラテン・バンドではなく、れっきとしたジャズ・バンドであり、メンバーはアルト・サックスの立花秀輝、ピアノとピアニカの工藤雄一、ドラムスとパーカッションの橋本学の4人だ。それぞれ自己のグループなどで精力的な活動している真摯なジャズマンだ。隔月で新宿ピットインに集結してエスパソ・ライヴとなると、後記のような独特なサウンドを創り出す。あらゆる音楽の要素や形式が、さり気なく大胆に導入され、密度の高いオリジナル・ナンバーで、アコースティックな音楽空間を構築するのがコンセプションのようだ。

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のなか悟空&人間国宝

写真 こうなりゃてってい的にぶちのめしてくれい、と吠えたくなる豪力ジャズ・グループ。
「ジャズぶって気どってんじゃねえ」という音の激流は魂の激流。 悟空のドラムスもすごいがヒゴのベースも近藤のサックスも男だ。 しつこくひたすらにフリーフォームのジャズをやりまくるのなかさん、あなたはえらい。 新たに再生された人間国宝はエレキテルの魔力を必要十分に取り入れ,その音楽は増幅増殖を繰り返す魑魅魍魎のようだが、 まさしくそれは悟空の世界なのだ。

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丸山涼子

写真現在はハワイ島在中の音響家でエコロジスト。マイペースなスタンスで音楽を手掛ける。子供向けのお芝居の音楽を多く手掛ける。作曲家としても子供向けの楽曲にはたいへん定評があった。丸山涼子はキーボーディストプレイヤーとして渋さ知らズにもしばらくの間参加。早稲田大学在籍時には、爆風スランプの前身でもあるスーパースランプ、デビュー前の聖飢魔IIにも所属していたことがある。アルバム「水の記憶・森の記憶」は自然をテーマにしたヒーリング作品。台湾でも同時に発売された。渋さ知らズのメンバーや、元聖飢魔Uのオリジナルメンバーも参加。

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後藤叶圭

写真 長野県信濃大町出身。後藤叶圭(ごとう きょうか)の名前は、一般的にはほとんど知られていない歌手なのかもしれませんが、イガイやイガイ、実は日本国民なら誰でもが知っている歌手なのであります。 TVやラジオから流れていた多くの有名CMソングや、とあるカラオケメーカーの数千曲に及ぶコーラスでの声。 (皆さんが必ず聞いたことのあるCMソング!「伊東へ行くなら●・ト・ヤ♪」「●ョッコレイト♪」とか「●ショナル♪」とか「おやつは●ール♪」等々を作った方です。) そう言った意味では、みなさんが日頃どこかでお世話になっているとでも言っていいような歌手の方です。レコードとしては代表的なとこでは、山下達郎氏のライブアルバムにも彼女の名前を見つけることができます。

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工藤雄一

写真クラシックのオーケストレーションやジャズに興味を持ちはじめ独学でアレンジや作曲を始める。後に、ピアノを始める。宇都宮短期大学音楽科在学中に、作曲法を江頭賢三(氏)より学ぶ。YAMAHAエレクトーン講師を経て、1997年よりピアニストとしてジャズ演奏活動を開始。2002年、柳原達夫率いるエスパソのメンバーに加わる。また、アコーディオン奏者であるMiyackへの楽曲提供、共演(タンゴ、フィンランド民謡、etc..)を始める。2003年、工藤雄一トリオ活動開始。 2004年初リーダーアルバム「The Sky」をリリース。 2006年セカンドアルバム「Sleeping Woods」リリース。 現在、トリオ、ソロのライブ活動はもとより、シャンソン、クラシック界での演奏、レコーディング活動等行っている。また、エスパソにも参加。

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山本シン

写真プロフィールか。横顔だな。横顔は良いね。真正面を見れぬ何かはある。唄い始めて30年近くなったが、 ここ10年ほどがスゴイ付き合いだ。自分を売り出す作業をしてなかったことに気が付く。思い出せない。 忘れてしまった。しかし、相変わらず路地裏あたりで唄っている。(山本シン)
かつて、川下、不破とも旅した唄うたい。博多あたりの街の呑み屋の噂では「山本シンゆうブルースば唄いよる唄うたいは女に逃げられたうえ、 今では目も見えんで杖付いて犬と一緒に旅してる」と言うことになってるらしい。本人の真横でそのようなうわさ話をするとは良い度胸だが、 そんな噂にもなるような伝説のミュージシャンの、みごとな唄聴いてみたくありませんか?聴いたことのない方にとっては、 いまどきこんなカッコいいブルースを歌える男がいたことに驚きを憶えるハズです。年期の入り方と迫力が違うからね。

→山本シンHP

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時弦旅団

写真時弦旅団(TIME STRINGS TRAVELLERS)
メンバーは、宮本隆:ベース、山浜光一:ドラム、堀川正人:サックス、西浦徹:ギター、横江邦彦:ボーカル、山口ミチオ:シンセサイザー。
 一時、プログレッシブロックのムーブメントが盛んであった大阪を中心に活動したバンド。時弦旅団の作り出す音楽は沖縄物、 Rock、JAZZ、プログレ、歌謡曲ありとあらゆるジャンルの音楽について、聴いてみる、楽しむ、受け入れる、取り入れるを実践している。リーダーの宮本は2006年に星雲社より刊行の『満月に聴く音楽』と言う、彼自身の持つ幅広い音楽感を表した秀逸な本を執筆している。

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